おやこうこう

 

ていぎ

こう(孝)は、うやまうことをきほんにりょうしんにつかえることをいいます。じっさいにおこなうことをこうこう(孝行)ともいいます。ここんとうざい(古今東西)をとわずに、そんざいするがいねんで、にんげんのじゅうようなとくもく(徳目)です。 だいかんみんこく(大韓民国)のでんとうてきなりんりで、こう(孝)はりょうしんのおんにたいしてのかんしゃとおんがえしであるとともに、かぞくとしゃかいでちょうわしたかんけいをいじする、きほんてきなびとくです。

 

 

ないよう

こう(孝)はりょうしんにたいしてのたんなるそんけいをこえるものです。こう(孝)は、りょうしんがあたえてくれたいのちとあいにけいあいするきもちで、おんがえしすることをいいます。ちょうせんじだいにこう(孝)は、かぞくだけではなく、しゃかいのおりあいのきほんてきなかちであったとされています。じゅきょうのりんりをじゅうようにかんがえたちょうせんでは、りょうしんにたいするこう(孝)が、どうとくのきはん(規範)のきそでありました。さらに、しゃかいと国がこっかにいたるまで、こう(孝)はさいぜんのおしえになりました。


さんこうごりん(三綱 五倫)

さんこうごりん(三綱五倫)は、じゅきょうりんりのきほんのこうりょう(綱領)の三つとじっせんてきなどうとくの五つのこうもくをさすことばです。1434年にせそうだいおう(セジョンテワン)のめいれいで、ちょうせんと中国の本で王としんか、おっととつま、りょうしんと子どものあいだに、見本になるおこないをあつめてつくった本のなまえでもあります。


• さんこう(三綱)

王としんか、おっととつま、りょうしんと子どものあいだにはかならずまもらなければならないどうり(道理)をいいます。

 

• ごりん(五倫)

(父子有親): りょうしんは子どもにじあい(慈愛)して、

子どもはりょうしんにつかえなければいけないことをいみします。

(君臣有義): 王としんかのどうり(道理)は、ぎりにあるといういみです。

(夫婦有別): おっととつまはわきまえて、じぶんのやくめを

はたさなければいけないことをいみします。

(長幼有序): 大人と子どものあいだには、じゅんじょやちつじょがひつようだ

ということをいみします。

(朋友有信): ともだちのあいだには、しんぎ(信義)をまもらなければいけない

ことをいみします。


さんこうこうじつず(三綱行實圖)

さんこうこうじつず (三綱行實圖)』は、1434年にせそうだいおう(セジョンテワン)のめいれいで、さんこう(三綱)に見本になるぐらいの人びとのおこないをあつめて、へんしゅうしたげんこうろく(言行錄)であり、きょうくんしょです。この本は、こう(考)をはじめとして、にんげんかんけいでまもるひつようがあるどうり(道理)をさまざまなじんぶつの話をとおして、つたえています。また、人ぶつたちのこうどうをえ(絵)といっしょにきろくして、りかいしやすいようにつくりました。

ちょうせんじだいにこう(考)は、ただのこじんのびとくではなく、しゃかいのきりつをまもって国をまもるためのたいせつなものでした。この本は、ちょうせんじだいにひろくよまれて、人びとにたいせつなじゅきょうてきなおしえをつたえました。その中で、こう(考)はじっせんすることがきほんのどうとくだときょうちょうしています。


めいしんほうかん(明心寶鑑)

『めいしんほうかん(明心寶鑑)』は、コリョのちゅうれつ王(チュンニョルワン)のときにつくり上げられた本です。こう(考)をふくめたじゅきょうのいくつかのとくもく(徳目)ときょうくんが書かれています。‘めいしん’はこころをあかるくするということです。この本はちょうせんじだいの、子どものかんぶん(漢文)のきょうかしょで、かていやてらこやで子どもたちのきょうざいとしてつかわれていました。

 

このようにこう(考)はちょうせんじだいだけではなく、だいかんみんこく(大韓民国)のでんとうてきなりんりで、いちばんじゅうようなとくもく(徳目)の一つだと見られています。こう(考)をきょうちょうする書ぶつとエピソードは、こう(考)がただかぞくの中でのかんけいをこえて、しゃかいぜんたいのちょうわとちつじょをいじするきほんとなったことを見せてくれます。今までもこう(考)は、韓国人(かんこくじん)のせいかつで、たいせつなかちをもっています。
 

 

かんれんがぞう         

 

出典:<三綱行實圖(さんこうこうじつず)の表紙>、韓国民族文化大百科事典
出典:<三綱行實圖(さんこうこうじつず)>、韓国民族文化大百科事典
出典:<明心寶鑑抄(めいしんほうかんしょう)の表紙>、韓国民族文化大百科事典
出典:<明心寶鑑抄(めいしんほうかんしょう)>、韓国民族文化大百科事典